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硫黄島備忘録

2023年 1月4日 ~ 1月6日までの2泊3日で、硫黄島(鹿児島県)に行ってきました。
硫黄島について調べて知った事や、実際に訪れて感じた事、旅の思い出などを、あくまで私が忘れてしまわないための備忘録としてですが、まとめてみたのを公開します。

( 注: 情報はあくまで訪問&執筆時点のものですので、実際に訪島する際はご自身で最新の情報を御調下さい)

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硫黄島の基礎知識

硫黄島の場所

鹿児島(中央駅)からおよそ90km、開聞岳からだとおよそ50kmほどの南南西に位置する離島。
令和5年1月1日現在で66世帯、人口は117人という小さな島です。

(出展:国土地理院地図)

鹿児島県三島村に属しています。
三島村には硫黄島の他にも竹島と黒島があり、硫黄島と合わせて島(有人島)が3つあるから三島村。
三島村全体でも202世帯、人口369人(2023年1月時点、三島村調べ)しかなくて、とっても小さな村だと言う事が分かります。

なお、竹島と聞くと、韓国によって不法占拠されている日本固有の領土、島根県の竹島を想像させるけど、それとは別物。
更に余談だけど、竹島と言う名前の島は全国に数箇所存在します。

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硫黄島の名称について

地図などでは鬼界ヶ島の表記がされる事もあります。
古くはそう呼ばれていたそうだけど、厳密に言うと、鬼界ヶ島と言うのは鹿児島の南西にある島々の総称だったらしい。
当時の人からしたら、地の果てと言っても良いような遠い海の向こう、人界の境目にある絶海の島々だったわけです。
人だか鬼だか何だか良く分からない、得体のしれない化け物が住む世界みたいな感覚だったんじゃないかな?

(出展:国土地理院地図)

じゃあ、なんで今でも硫黄島にだけ、「鬼界ヶ島」と言う名前が併記されるかと言うと、平家物語に登場する俊寛という人物が絡んできます。
ザックリ言うと、平家物語には俊寛が鬼界ヶ島に島流しにされたと書いてあり、それがこの硫黄島だと言うのです。
で、この手の伝説につきものなのですが、他にも俊寛が流されたと伝えられる島は幾つかあるわけで・・・

俊寛がどこに流されたのかは、今となっては本当の事は誰にも分かりません。
私が色々と調べて知った限りでは、この硫黄島で合っているんじゃないかな~?って思うんですけどね。
もちろん硫黄島の人達もそれを信じて疑わないわけです。
そんなわけで、絶海の島々が鬼界ヶ島と呼ばれなくなって久しいですが、今でも硫黄島だけは「鬼界ヶ島」と言う呼称が併記されているのです。

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太平洋戦争の激戦地、ではありません

硫黄島と聞いて、太平洋戦争の激戦地を想像する人は多いと思います。
結論から先に書くと、違います。
それは、小笠原諸島にある、別の硫黄島です。

本稿で紹介している硫黄島は、薩摩硫黄島と呼ばれる事もあります。
小笠原諸島にある硫黄島を連想する人が多いからでしょうね。

鹿児島にあるこの硫黄島の読み方は「いおうじま」
小笠原にある硫黄島は「いおうとう」

小笠原にある硫黄島は「とう」と「じま」の両方が使われていたけど、2007年に「いおうとう」で統一される事になったそうな。
映画「硫黄島からの手紙」では、「いおうじま」となっているけど、公開年が2006年なので、読み方が統一される前の作品なんですね。

小笠原にある硫黄島は自衛隊の基地になっており、一般人の立ち入りは禁止されています。
鹿児島の硫黄島は、もちろん誰でも行く事が可能。

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硫黄島へ行こう!

硫黄島へのアクセス

フェリーみしまで行く、セスナ飛行機で行く、漁船などをチャーターして行く、自力で泳いだり筏で行くなどの方があります。
ご自身のお財布の中身や、体力と相談の上でお選びください。

なお、セスナだと片道3万円。枕崎から漁船チャーターだと18万円(投宿した民宿の女将さん曰く)だそうです。

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現実的でオススメなのは、村営のフェリーみしまで行く方法。
硫黄島へは片道 3,660円で、現実的なお値段です。
鹿児島 → 硫黄島へは、片道約4時間。

ほぼ毎日就航しているのですが、運航スケジュールがちょっと変則的なので、注意が必要。
ざっくり書くと、ひとつは鹿児島 → 竹島 → 硫黄島 → 黒島(片泊と大里泊2箇所に入港) → 鹿児島と、ぐるっと一周して鹿児島に戻ってくるダイヤ。
もうひとつは、鹿児島 → 竹島 → 硫黄島 → 黒島まで行ったら、黒島で停泊して一晩を明かして、翌日、黒島 → 硫黄島 → 竹島 → 鹿児島に戻ってくる片道ダイヤの2通りがあります。
それを一隻のフェリーが交互のダイヤで運行しているんですよね。

うん、分かり難いですよね?
時刻表で見ると分かりやすいです。

あと、フェリーにはつきものですけど、荒天時や波が高い時は欠航します。
この欠航が結構あるみたいなんですよね!

けっこうけっこうするんですよ!

行けなくなるだけならばともかく、行くだけ行って帰って来れなくなるケースも多々あるそうです。
変則的な運航ダイヤなので、天気が良くなった次の日にすぐ帰れるとは限りません。
ある程度の余裕をもって計画を立てて、行く際も数日先の天気予報などをしっかり見て、準備万端で行きましょう。

写真も載せておきましたが、人口400人にも満たない自治体が持っているとは考えられない程に、かなり立派なフェリーです。
利用者の数も少ないので、とても快適でした!

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なお、自力で泳いだり、筏を漕いで行く人、うん、まぁ、頑張って下さいね。
人間死ぬ気になれば何とかなるものらしいですよ、たぶん。
私は一切の責任を負いません、好きにやって下さい。

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硫黄島での宿泊は?

硫黄島には民宿が4軒、トレーラーハウスを利用したグランピング施設が1軒あります。
キャンピングサイトもあるので、テント持参の人はそこで寝泊まりする事も可能。

注意点として、必ず事前に調べて、予約などを済ませておくことです。
「とりあえず行っちゃえ! きっとどこか泊まれるだろう!」って感覚で島に来てしまう人が少なからずいるみたいですが、それは絶対にやめて下さい。
小さな島なので、受け入れ出来る人数も限られています。
また、島には小さな商店が1軒あるのみ。
いきなり来られても食材の調達が出来なかったりするので、かなり困るそうです。

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マリンハウス孔雀の里さんの紹介

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私が泊まったのは、「マリンハウス孔雀の里」さんです。
別に、どうしてもここに泊まりたい! って訳では無く、新年の1月4日から宿泊を受け入れてくれたのが、唯一ここだけだったんですよね。

硫黄島港から徒歩3分の場所にある民宿です。
食事付きの宿泊で、1泊あたり大人は7,500円、子供は6,000円です。
本土だと旅館と見分けのつかないような民宿も多いですが、硫黄島にある民宿は「どこからどう見ても民宿」なんですよね。
看板が無ければ普通の民家と見分けがつきません。

お部屋は和室で、3室あります。
宿泊者は私達一家だけでしたので、宿まるごと貸切状態でした。
お部屋シンプルですが広々としていて快適です!
もちろんお風呂はありますが、非温泉です。ちなみに私は東温泉に朝夕2回入りに行ってましたので、お宿のお風呂は一度も利用しませんでした。

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所謂よくある温泉旅館なんかと比べたら、食事はちょっとだけ質素です。
でも、予約の段階で「正月で市場が開いてないから質素な食事しか出せないですけど良いですか?」と確認された上で宿泊予約をしましたので、不満は一切ありません。
それどころか、一品一品ちゃんと手作りで、とても美味しかったです。
市場が開いていたらどんな料理だったのでしょうね?

ちなみに、初日の夕食についていたお刺身は近海で釣れたものだそうです。
何の魚か聞いたのですが忘れてしまいました・・・
身がプリプリでとても美味しかったです!
ちなみに、ビールは1本300円。ヘタに上乗せしているホテルよりも割安です!

朝食もシンプルですが、ちゃんと美味しいです!

島内には食堂が無いので、ここでしっかりと栄養補給!

食事は朝夕だけでなく、連泊の場合やフェリーの出航時間が昼過ぎの場合は、昼食も出ます。

朝昼晩、しっかり3食頂けたので、滞在中に空腹を感じる事はありませんでした!

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所謂民宿ですし、老舗旅館やシティホテルのような洗練されたサービスはありません。
でも、女将さんはとても気さくで、お宿を出入りする度に「おかえり~!」「どこへ行ってきたの?」なんて声を掛けてくれます。
食事の際も付かず離れずで、島について貴重なお話を色々と聞かせてくれました。
寝食のお世話だけでなく、島にいる間の面倒もいろいろと見て貰えて、まるで頼れる母のような存在です。お陰で、島のどこにいてもずっと安心で、居心地の良さを感じました。
帰り際、フェリーで見送りをしてくれて、見えなくなるまでずっと手を振ってくれていたのですが、とても名残惜しかったです。

冒頭で、泊まる事が出来ればどこでも良かった事を書きました。
まあ、それ自体は事実ですし、他のお宿に泊まってもきっと素晴らしい思い出になっていたと思います。
でも、次に硫黄島に来る時は、絶対にまたここに泊まります!

素晴らしいお宿でした!

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島内での移動手段

硫黄島は小さな島です。
例えば、硫黄島港から東温泉までは徒歩だと2kmちょっとの道のりで、約30分。観光するうえで一番遠いと思われる平家城展望台まででも、港から4km程度で徒歩1時間です。
なので、歩いて島内散策するのもひとつの方法ですが、貴重な滞在時間で無駄なく効率的に色々と行こうと思ったら、徒歩以外の移動手段が欲しくなります。

私は宿泊したマリンハウス孔雀の里さんで車をお借りしました。

参考までに、2泊3日の滞在中、好きなだけ利用させて貰って、8,000円でした。

最初、女将さんに「ガソリン代も込みで5,000円で良いよ」と言われていたのです。
てっきり1泊分が5,000円だと思っていたら、2泊3日の滞在中ずっとお借りしたのに5,000円との事。安すぎます!
実は、滞在中には東温泉だけでも6回、平家城と恋人岬には2回、その他アチコチ、島の隅から隅まで、行ける所は全部ドライブしたので、小さな島とは言えども結構な距離を走っていました。
そこで、「かなり走ったしガソリン使ったから5,000円じゃ足りない、もっと払う!」と、私の方からお願いしたんですよね。で、すったもんだして、落ち着いたのが8,000円。
私達が帰ったあとに、「あれ?随分ガソリン減ってる!」なんて思われたら、申し訳ないですからね。

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宿で車を借りる以外に検討したのが、三島村開発センターで借りる事の出来るレンタサイクルです。
電動アシスト自転車で1日借りて、1500円らしいです。
ただ、我が家は私と紅鮭、長女の3人 + 自転車に乗れない次女は後ろに乗せる・・・?
1500円 × 3人 × 2日で、9,000円也。車の方が便利だし安いです。
結局、自転車は早いうちから検討の対象から外れましたが、一人旅とかであれば便利そうですね!

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他にも、フェリーみしまに車を乗せて来る事も出来ます。
ただ、鹿児島 → 硫黄島まで、我が家の車(4~5m)だと、片道23,460円 × 2(往復分)も掛かってしまい、かなり高くつきます!
これも早い段階で検討の対象から外しました。

自転車だと片道780円、125cc未満の原付だと片道1,780円、750cc未満の二輪車だと片道2,560円、750cc以上の大型二輪だと片道3,340円だそうです。
車を積むよりもグッと金額が安くなるので、自転車やバイクでの一人旅には有難いですね!

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硫黄島の魅力

何度も書きますが、硫黄島は小さな島です。
そんな小さな島には魅力がグッと詰まっているので、余すところなくしっかりと楽しみたいですよね!

私自身が体験してきた限りですが、その魅力をお伝えしていきたいと思います。

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温泉の島

硫黄という名前がつく通り、かつては硫黄の採掘で栄えていたそうです。
島のどこからでも見る事が出来る硫黄岳は、今でもたまに噴火する事があるんですよね。
実際、肉眼でハッキリと見える場所でも常に噴気があがっていて、生きている火山だって事が良く分かります。
凄い場所なんだなぁ!って思うのですが、あれ、ちょっと待てよ、桜島なんて、毎日噴火していますよ?
なんと言うか、この硫黄島にせよ桜島にせよ、鹿児島って凄い所ですよね。

私が硫黄島を訪れた目的は、もちろん温泉!
火山性の島って事もあり、温泉も湧いています。
と言うか、島全体のアチコチから温泉が湧いていて、島の周りの海水が温泉の影響で変色しています。
フェリーが港に近づくにつれて、海水の色が変わってくるのが分かります。

最初うっすら青白く濁っていた海水ですが、港に着く事には赤錆色になっていました。

色の違いは、恐らく泉質によるものでしょうね。
島の東側、硫黄岳周辺は硫黄を含む温泉沸いているために青白く濁り、港の辺りでは鉄分を多く含む温泉が湧いているために赤錆色なんだと思います。
それにしても、これだけ広い港を赤錆色に染めるんですから、湧出量とんでもないですね。

基本的に海水なので、入浴には適していません。
赤錆色に染まる海水を触ってみましたが、普通に冷たかったです。
いわゆる、見る温泉って奴ですね。

夏場であれば入浴と称して海水浴も出来そうですが、風邪引きそうですし、今回はやめておきました。
次は暖かい季節に来ようと思っているので、その時の楽しみとしてとっておきます。

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温泉の紹介

各温泉についての詳細は温泉を紹介するレポートに書きますが、ザックリと、

東温泉

観光で硫黄島に来る人の大半は、この温泉です!(Jake調べ、根拠無し)

目の前が海と言う、開放感抜群なロケーションもさることがら、全国屈指の強烈な泉質も素晴らしいです。
ハッキリ言って名湯です!
2泊3日の滞在中で5回入りました。

三島開発総合センター

集落の一角にある、公民館的な施設で、集会場や図書室、プールなんかがあるのですが、温泉もあります。
村の人達のための共同浴場みたいな感じですね。
毎日ではなく、火、木、土の週3回だけ入浴する事が出来ます。
(コロナの影響で2023年1月現在営業停止中)

坂本温泉

干潮時のみ入る事の出来る温泉。
元々はちゃんと湯舟があって、快適に入浴が出来たそうですが、今は湯舟が壊れていて、基本的には入浴不可。
ただ、お湯そのものは沸き続けているので、干潮時であれば湯浴びは出来ます。

穴之浜温泉

湯舟はありません。なんと、この海全部温です!
海岸で熱い源泉が湧出しており、海水と混ざって適温に下がる仕組みです。
波が穏やかで干潮時のみ入浴? 海水浴? 温水浴・・・? が、可能。

ウタン浜温泉

穴之浜温泉と同じ、海岸に沸く温泉。干潮かつ波が穏やかな時のみ入浴可能。
私が入った硫黄島の温泉では硫黄臭が一番強かった。
大谷と書いてウータンと読む場所にあるので、大谷温泉とか、ウータン温泉と紹介される事もある。

長浜温泉

硫黄島のフェリー発着場、港を赤く染めている正体がコレです。
海岸を掘るとお湯が沸くとか沸かないとか・・・
海中でもお湯が沸いていているみたいですね。

他にも温泉はあるらしいですけど、諸事情により紹介は控えます。

とにかく、いろんな温泉がある、温泉好きからしたら桃源郷のような島です!

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俊寛伝説

硫黄島を語るうえで欠かせないのが、俊寛と言う歴史上の人物についてです。
俊寛とは、生年は康治2年(1143年)、没年は治承3年(1179年)、ここ硫黄島で最期を遂げた平安時代後期の僧侶です。

俊寛はここ硫黄島で非業の死を遂げたカワイソウな人なのです。

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俊寛は、当時隆盛を極めた平氏を打倒しようと密議したとして、安元3年(1177年)に藤原成経、平康頼と一緒に捕らわれました。で、3人仲良く、この硫黄島に島流しされたそうです。
翌、治承2年(1178年)、宮中に目出度い事があったので恩赦が出されたんだけど、赦免状には藤原成経と平康頼の2人だけが記されていて、俊寛の名前は無かったそうな。
そりゃあ、俊寛さん、「なんで? 俺の名前は書かれて無いの!?」ってなりますよね?

藤原成経と平康頼を乗せた船が硫黄島を出港する際、俊寛は「俺の名前が無いのは何かの間違いだ!」「俺も連れて行ってくれぇ~!」と嘆願しながら、船にしがみついたそうです。でも、船は俊寛を払いのけ、無情にも沖に去って行ってしまったそうな。
絶望に打ちひしがれた俊寛。翌年の治承2年(1178年)、死を決意し絶食して、非業の最期を遂げる事となったそうです。

ね? カワイソウでしょ?

この出来事は人々の記憶に留める事となり、平家物語にも書かれ、歌舞伎の演目にもなりました。
硫黄島の人々も俊寛を偲び、毎年盆踊りの際に柱松を燃やし俊寛の霊を慰めているそうです。

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そんなわけで、ここ硫黄島には俊寛にちなんだ観光名所が色々とあります。

三島開発総合センターの広場にある俊寛の銅像

沖に向かって右手を差し出しているのは、「俺も連れて行ってくれぇ~!」と訴えているのを再現しているのだそうです。
必死の懇願をしたのに、島に取り残されてしまった俊寛さん。
なんとも悲しいお姿ですね・・・

平家城展望台の俊寛像

硫黄島港からおよそ4kmほど離れた、平家城展望台にも俊寛像があります。
こっちの俊寛は右手を高く挙げていて、なんと言うか、「オッス!」と挨拶しているようにも見えなくも無いですが、勿論そんな楽しい状況の筈も無く。

平家城展望台からは穴之浜を見下ろす事が出来ます。
青白く変色しているのは温泉の成分によるもの。
海岸線ぜーんぶ温泉! 凄い事です!!!

展望台からは遠くに竹島と、その手前にある小さな昭和硫黄島を望む事が出来ます。
昭和硫黄島には無人島ですが、温泉が湧いているそうです。いつか行ってみたい!

俊寛堂

俊寛の居住地跡に、俊寛と藤原成経、平康頼の3人を偲んで建てたお堂です。
俊寛だけではなく、無事に島から帰れた2人も一緒に祭られています。

竹林に囲われて神秘的な風情のある、小さなお堂です。
それはそれで素晴らしいのですが、特筆したいのはお堂までのアプローチです。
お堂まで続く小路が苔むしているのですが、実際に歩く足元もびっしり苔で覆われています。

苔生した道を歩くのは初めての経験でした。
足元がフカフカしていて、まるで絨毯の上を歩いているみたいな感覚です。
訪れる人が少ない硫黄島だからこそですね!

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野生の孔雀

硫黄島には、野生の孔雀が沢山います。

1974年、ヤマハリゾート(楽器などで有名なヤマハの子会社)が、当時の離島旅行ブームに乗っかって、硫黄島に「旅荘 足摺」と言うリゾートホテルを開業しました。
そのリゾートホテルは1982年に閉鎖され、最終的に建物も解体されましたが、その時に持ち込まれた孔雀が今でもそのまま島に残っているそうです。

ご存じの通り、孔雀は綺麗な鳥です。
でも、これがなかなかの害鳥らしくて、雑食性ゆえに作物とかなんでも食べてしまうらしいです。
同じヤマハリゾート孔雀を持ち込んだ沖縄の八重山諸島でも、島内で孔雀が大繁殖してしまい、問題になっているみたいですね。
原因を作ってしまったヤマハリゾートのホテル「はいむるぶし」に、駆除した孔雀を持って行くと、懸賞金?として5,000円貰えるなんて話もあったそうです。(今でもやっているのかは不明)

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そんな、綺麗だけど迷惑な孔雀ですが、硫黄島では島民と上手く共生しているみたいです。
硫黄島は火山性の島で土壌が悪く、あまり作物が育たないので畑がほとんど無いのです。畑が無ければ孔雀による被害も無いってわけですね。

また、硫黄島での重要な産業のひとつ、観光にも一役買っていて、三島村のホームページにも孔雀が闊歩する島と紹介されていたりします。
我が家の子供たちも、滅多に見る事の出来ない野生の孔雀に大興奮!
私にとっての硫黄島と言えば温泉なのですが、子供達にとっては孔雀探しが一番の思い出になったようです。

羽を広げている姿や、飛んでいる所を見る事が出来たのもラッキーでした!
3日間、暇があったらずっと孔雀を探して島内をウロウロしていましたので、その甲斐がありました!

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余談ですが、島内には白い孔雀もいます。
この孔雀はレアらしくて、見る事が出来ればその日は良い事があると伝えられています。

と言う事で、見れば幸せになれる白孔雀、いないかな~と思って探してみたら、意外とアッサリ見つかりました!

普通の孔雀に比べたら数は少ないですけど、普通にいるんですよね、白孔雀。
1度に2羽の白孔雀を見る事もありました。

お陰かどうかは分かりませんが、滞在中の私達一家はずっと幸せでした。
白孔雀さん、ありがとう!

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硫黄島には他にも魅力が沢山

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断崖絶壁

硫黄島と竹島は鬼界カルデラと言う海底火山の一部で、外輪山にあたるそうです。
その為なのか、島内の至る所で迫力満点の地形を楽しむ事が出来ます。

中でも凄いのが、三島村開発センターのすぐ裏にある断崖絶壁。
なんか、迫ってくるものがあります。
ただ見上げているだけでも楽しいです!

安徳天皇墓所

歴史上では壇ノ浦の戦いで平家が敗れた際に、入水して没したとされる安徳天皇。
その安徳天皇の墓所が、何故かここ硫黄島にあります。
実は、安徳天皇は壇ノ浦の戦いから逃れ、ここ硫黄島に流れ着いて天寿を全うしたと言うのです。

安徳天皇に限らず、この手の伝説は全国各地にあるんですよね~

でも、ここ硫黄島の安徳天皇については、どこにでもある眉唾な話では片付けられないんです。

この島には昔から島民に「天皇さん」と呼ばれている一族が今でも住んでいて、代々門外不出の家宝を守っていたそうです。それがなんと、三種の神器のひとつである八咫鏡だったと伝えられています。
八咫鏡は島津家によって持ち出されているため、島内には無いそうです。
それを裏付ける資料として、貴重なものだから預かる旨が書かれた島津氏の花押が書かれた封書が発見されています。
硫黄島で八咫鏡が見つかったとする島津斉興(薩摩藩10代藩主)の直筆の書も見つかっており、島での伝説と薩摩藩の歴史が符合しているんですよね。

源平の争いに巻き込まれ、僅か8歳、歴代最年少で崩御したとされる安徳天皇。
果たして、島の伝説が伝える通り、壇ノ浦の戦いで難を逃れてここ硫黄島で平穏な余生を過ごしたのでしょうか?

信じるか信じないかはあなた次第です。

熊野神社

集落のど真ん中にある、なかなか立派な神社です。
俊寛と共に島に流された藤原成経と平康頼の2人(あれ?俊寛は?)が、早く都に戻れるようにと、紀州熊野三所権現を勧請してここに祭ったそうです。

その後、壇ノ浦の合戦から逃れたとされる安徳天皇晩年の御所にもなったそうです。
安徳天皇に所縁があったからかどうかは定かではありませんが、代々の島津家によって修理の費用が捻出され維持されてきた、由緒正しい神社です。

ちなみに今は、孔雀たちのねぐらになっていて、ここに来れば割と高確率で孔雀を見る事が出来ます。

岬橋と希望の鐘

硫黄島港から車で10分足らず、恋人岬に行く途中の高台にある橋&鐘です。
硫黄岳と硫黄島港を一望出来る絶景で、こんな場所で鐘を鳴らしたら気持ちが良いに決まっているわけでして・・・

えぇ、もちろん、鐘を鳴らしましたよ、全力で、何度も!

きっと、私が必死な思いで鳴らした鐘の音は、村中に響き渡っていた事と思われます。
「なんだ、今回の奴は随分としつこく何度も鳴らすなぁ・・・」
きっと、村の皆様、そう思っていたに違いありません。

大変お騒がせしました。

恋人岬

岬橋を渡った先にあります。
硫黄島の南端で、ここだけ妙に突き出しているんですよね。
岬橋から眺める硫黄岳&硫黄島港も絶景でしたが、ここからの眺めもなかなかです!
硫黄岳と稲村岳、このふたつが夫婦のように寄り添って見える事から、恋人岬になった・・・ のかな?

ここから眺める朝日&夕日は絶景なのだそうですが、その時間帯は東温泉にいました。
次回訪問時の課題ですね。

なお、この恋人岬にも「しあわせの鐘」と言う鐘があります。
えぇ、力いっぱいに打ち鳴らしました、何度も!!!
子供達に「パパうるさい」と怒られました。
きっと、私が力任せに鳴らしていた鐘の音は、集落にも届いていた事と思います。
島民のみなさま、その節は大変お騒がせしました。

三島村薩摩硫黄島飛行場 & 三島牛

硫黄島には空港があります!
とは言え、発着するのはセスナで、鹿児島空港と結ぶのが週に2便だけ。
一応定期便と言う事らしいですが、予約があった時だけ飛ばすそうです。
・・・それって定期便なの?

なんとこの空港、バブル期にリゾート開発をして、孔雀を置き土産に撤退したヤマハリゾートが作ったそうです。
民間企業がリゾート施設のために空港まで作っちゃうなんて、バブル恐るべし!
ヤマハリゾート撤退後は三島村に譲渡され、現在は村営の飛行場となっています。
村営の飛行場としては日本最初らしいですね。

飛行場とは言っても、週にセスナが2本飛ぶかどうかですので、私が訪れた時は誰もいませんでした。
小さな待合所がありますけど、鍵が掛かっていて入る事も出来ません。

飛行場に向かう途中は牧草地帯。
長閑に牛が、なぜか馬と一緒にいました。
みしま牛という高級和牛だそうです。

・・・馬も食べるのかな?

大浦港

飛行場の近くにある港です。
小さな入江になっていて、道路から100段ほどの階段を降りた先が波止場になっています・・・
でも、周りに民家とか何もない場所ですし、船を停めたければ普通に硫黄島港で良く無い?
ここに船が着く事はあるのでしょうか?

なんと言うか、ロールプレイングゲームとかで、島から脱出する際に使う秘密の港みたいな雰囲気ありますね。

ここから眺める断崖絶壁もなかなか見事です。
夏場は子供達がこの入江で海水浴して遊ぶこともあるそうです。
島の子供達はワイルドですね!
我が家の娘2人は、手すりも何もない波止場を見て、海に落ちそうで怖いと言って今にも泣きそうにしていました。

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その他、注意点や気付いた事

島内では基本的に現金しか使えません!
商店や民宿でのお支払いで、交通系ICやID、QuickPayなどのキャッシュレス決済はもちろんですが、クレジットカードも使えません。現金のみです。
また、島内には銀行がありませんので、引き落としもできません。
郵便局はありますが、ATMはありません。
ある程度の現金をちゃんと用意しておきましょう!

コロナ禍での訪島は事前準備が必要です!
医療体制が不十分な離島ですので、コロナに対する警戒はかなりのものです。
私が行った際は、フェリーみしまに乗船する為には3日以内のPCR検査結果と2週間分の健康観察表が必要でした。
いきなり思い付きで行こうと思っても、フェリーにすら乗れずに引き返してくる事になりかねません。
常に最新情報を確認し、事前準備をした上で行きましょう!

島内ではマナー良く過ごしましょう!
人口100人ちょっとしかいない、島民全員が顔なじみの島です。
島内ですれ違うと、当たり前にみんな挨拶してくれます。車で走っていても、車に向かってお辞儀してくれるほどです。
都会には無い暖かさを感じる一方で、誰がどこで何をしているのか筒抜けなんだろうな~って言う、緊張感もあります。
悪い事したら一発でバレそうですね。
楽しい時間が素敵な思い出になるよう、島内ではくれぐれもマナー良く過ごしましょう!

車で走行時は安全運転で!
島内には信号がありません。それどころか、道路が交差する箇所であっても、一時停止の道路標識すらありません。
交通量が極端に少ないからでしょうか?
島内の道は椿畑や竹林に囲われていて、見通しが悪いんですけどね。

小さな島なので島民は道を熟知していて、標識なんか無くてもどこが危険か知っているのかもですね。私でも短い滞在で道を完璧に覚えてしまった程ですから。
事故と言うのは油断した時に起きるものです。
「どうせ他に走ってる車いないし大丈夫だろう!」と交差点に突っ込むのは危険です。
くれぐれも安全運転で!

ここでは書ききれなかった魅力が沢山あります!
ここで紹介しているのは、実際に私が楽しんだ内容のみです。
他にも硫黄島独特のお祭りや、来訪神のメンドンとか、ジャンベの演奏とか、色々と書きたい事がありましたが、実際に経験していない事については割愛しています。
硫黄島の魅力はこんなモンじゃないですよ!

一度行くとハマるので注意!
これ、ほんと、マジで、本当に、めちゃくちゃ再訪したくなります!
それが証拠に、ホラ、私も温泉レポートそっちのけで、何故か硫黄島備忘録なんかを必死に書いちゃっています。

観光出来るところなんて限られているし、他に行くところが無いから同じ所に何度も行っちゃうし、すれ違う人の数より孔雀の方が圧倒的に多いし、まぁ温泉は最高だけどさ、2泊3日で全部回り尽くしちゃうくらいに小さな島で、間違いなく暇を持て余すんだけどさ。
えぇ、そんな硫黄島ですけど、私はいますぐにでも再訪したくて仕方がありません。

俊寛は、遠ざかる船を眺めながら、どんな気持ちだったのでしょうね。
きっと、船が戻ってきてくれて、一緒に連れて帰ってくれる事を願っていた事でしょう。
私は、遠ざかる硫黄島を眺めながら、このまま船が硫黄島に引き返してくれないだろうかと願っていました。
冷たい風に当たりながら、デッキに立ち尽くして、遠ざかって徐々に見えなくなっていく硫黄島をずっと眺めていました。

硫黄島、絶対にまた来たくなります!
中毒性あります、ほんと危険です!!!

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と、言う訳で、思い付きで硫黄島について書いてみました。
思っていた以上のボリュームになってしまい、私自身でも驚いています。

このページについては、書き忘れた事をみつけたり、その後調べて得た豆知識を忘れない為に留めておくなどの目的で、ちょいちょいと更新する事になると思います。

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